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山手線一周企画や日本全国始発待ちの旅などを行う「しのぶアクション」をYouTubeオンエア中。そんなサラリーマン『文月しのぶ』の徒然ブログです。
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いつもお世話になっております。

文月しのぶです。



先日、第二子が誕生したわけですが、

第一子を退屈させてはいけないので

快晴の日曜日に喜び勇んでデカい公園へ

来たのですけど、第一子熟睡。

起きるまでの間にちょっと書いてみた

今回のブログ。ぼちぼちアップ。



いやーしかし。

一人目と二人目は全然違いますね。



一人目の頃はとにかくパニック。

わからないことづくしで、

とにかくあわてて、

オムツ替えるのもおっかなびっくりで、

昼夜問わず三時間おきの授乳で、

寝不足で、疲れはてる。



対して、二人目の場合は

そこそこ経験も積んできたので

何をすれば良いのかが大体わかる。

そんなに慌てることはない。

ただ、上の子はもうすぐ2歳。

食べ物も行動も違う二人の面倒を

平行してみることになる。

結論としては、

寝不足で、疲れはてる。



妻にはとても感謝m(__)m

何からなにまでご協力いただいている

妻の母、そして私の母にも

とても感謝m(__)m



今回の出産の際、妻の母にも、

私の母にも、

半ば無理矢理休みをとって頂き

大変感謝しているのです。

で、私の母には

「そんなに無理しないで下さい」

とは言ったのですが、母は、



「薄情なおばあちゃんになりたくない」



と仰られ、

初めて衝撃的な話を聞きました。

35年前、私がもうすぐ3歳の頃の話。



1983年5月。



〈0歳の妹:母方の実家〉

妹が成田の産婦人科で生まれ、

産後は母方の実家(祖父母の家)で

安静にして過ごす予定でした。



〈4歳の姉:我が家〉

幼稚園への送り迎え等は父が担当。

父と過ごす予定でした。



〈2歳の私:父方の実家?〉

もうすぐ3歳になる齢の私は

当時、喘息で入院中でした。

まだ物心がついていなかったので

記憶がありませんが、

病室の付き添いは父方の祖母が担当。

母は事前に、父方の祖母へ

「よろしくお願いいたします」

と三万円を渡していたらしい。

ですが、私が退院すると

「面倒なんて見られない」

と言い、

私は母方の実家へ送られたらしい。



要約すると、

父方の祖母は私の

「面倒なんて見られない」らしい。



いま2017年11月。



私が幼少の頃、

そのようなことがあったから、

私の母は、

「薄情なおばあちゃんになりたくない」

とわざわざ無理をして会社を休み、

第二子出産ウィーク中の第一子の面倒を

率先してみてくれていたのだそうです。



私は母に言いました。



父の亡き今、

姉・私・妹は父方の祖父母の代襲相続人。



父方の祖父が亡くなったときは

裁判所で「父の仇」とばかりに、

不良親族たちへ

コテンパンにやってやりましたが。

父方の祖母は、

なるほど。そうでしたか。と。



「面倒なんて見られない」

と言った人に

「おまえは農家の長男だ」とか

「跡取りだ」とか

「(ノーギャラで)手伝うのが当然だ」とか

言われてきたのかと。



改めて思う。

父方との縁を切って正解だったなと。

次に会うのはまた裁判所なのだなと。

手加減無しと。



以上にてよろしくお願いいたします。


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